01 月亮

原作者不明
日本語訳、潤色:池ノ内 孝

  <朗読>  

 お月様は丸くて明るく美しいお顔をしています。そしてその柔らかく優しい光で地球に住む私たちを等しく照らしてくださいます。でもお月様はかつては今のような美しいお顔ではありませんでした。とても醜いお顔をされていたのです。そんな醜いお月様でしたが、六千年程前のある日を境に今の美しさを持つようになりました。何故ある日突然醜かったお月様が誰からも愛される美しいお月様に変身したのでしょう。今日はそのお話をすることにいたしましょうか。

 昔々、今を遡ること六千年、お釈迦様やキリスト様がお生まれになるずっとずっと以前のことです。お月様は暗く陰鬱なとても醜いお顔をされていました。お月様が東の空に上がり、西の地平に沈むまでの間、地球に住んでいる人たちはその醜いお顔を見るのが嫌で、空を見上げるものは誰一人おりませんでした。お月様の方も自分が醜いので誰からも眺めてさえもらえないことを苦にしていました。とはいえ醜いからといって空に上がることをやめるわけにもゆきませんでした。なぜなら新月のお休みの日を除いて、毎日毎日地球を照らすことが神様から与えられたお仕事だったからです。こうしてお月様はいつもいつも悲しい思いをしてひとりぽつんとお空に浮かんでいました。 ある日のこと、お月様はお星様と花に不満をもらしました。お星様はいつもお月様の後ろにいて、お月様の顔をのぞき込むことがなかったから。花はいつも前を見ているだけで空を見上げてお月様に目を向けようともしなかったから。お月様はお星様にこう言いました。

 「僕は月になんかなりたくなかったんだ。僕は星になりたかった。もし僕が星だったら、たとい僕みたいに醜くても、小さければ目立たないし、それに星はたくさんあるから、あちらこちら目移りされるかもしれないけれど、暗くても醜くても探してもらえたり見詰めてもらえるから。僕は星よりも大きくて一つしかないし、明るく光っているばかりに醜いのが目立って誰にも好かれることもない。僕は星になりたかった」

 お月様はつづけて花にこう言いました。

 「僕は月になんかなりたくなかった。花になりたかった。もし僕が花で、地球の上の高貴な人の庭に育ててもらえたら、僕の美しさに惹かれてたくさんの美しい人たちがやって来ては愛でてもらい、手折られて綺麗な女の人の髪に挿してもらったり、僕の顔に鼻を近づけて匂いを嗅いでもらったり、僕を見詰めて綺麗だねってを褒めてもらえたのに。もし庭ではなくて誰の目にも触れない野原に咲いたとしても、きっと鳥が近くにやって来て、僕のために歌を歌ってくれるから。でも僕は醜い月であったばかりに、誰からも見向きもされないし、誰一人褒めてくれたり歌を歌ってくれるものもないんだ」

 お月様が涙を浮かべてこう不満を言うのを聞いて、お星様はこう応えました。

 「あなたが星になりたいと言ったって、僕はあなたをどうしてあげることもできないよ。僕だって僕をここから助け出してくれるような相手に出くわしたことは一度もないよ。僕もあなたと同じで、夜になるといつもここにあるのが仕事。僕も僕に与えられた仕事をしているだけだよ。僕は空を美しく飾るために休むことなく来る日も来る日も我が儘も不満も言わずに、暗闇の空にきらきら輝いているだけなんだ。そう、僕のできるのはたったそれだけのことさ」

 と言うと、お星様は悲しんで不満を言っているお月様を冷たく笑いました。今度は花がこう言いました。

 「私もどうすればあなたを救ってあげることができるかわからないわ。だって私はいつも同じ所に根を下ろして生きているだけですもの。そうね・・・でも私が咲いているのは世界中で一番美しい乙女が手入れをしてくれている庭なの。その方は誰にでもとても優しくしてくれる方だから、私、その方にあなたのことをお話しておいてあげるわ。私、その方のことが大好きなの。だからいつもその方に見てもらおうと一所懸命咲いているの。その方も私たち花のことが大好きなのよ。その方のお名前はツェ・ニオっておっしゃるの」

 お月様はお星様と花から助言をしてもらったけれど、悩みを癒すような答えが得られなかったので、まだ悲しんでいました。そこである晩お月様は花から聞いた美しい姿をした乙女ツェ・ニオに会いに出かけることにしました。お月様はツェ・ニオに会うやいっぺんに彼女のことを好きになってしまいました。お月様はツェ・ニオにこう言いました。

 「ああ、あなたのお顔は美しい。僕はあなたと一緒になりたい。そしていつもあなたのお顔を見て過ごせたらいいなあ。ああ、あなたのお心や立ち居振る舞いは穏やかでお優しい。僕のところ、月においでになりませんか。そうすれば僕は満たされるに違いない。あなた、僕と一緒に僕の月の宿りにお越しになって。そのお顔もお心も美しいまま、僕たち一体になりましょう。あなたをこのままにしておいては、あなたの美しさに惹かれて世界中の悪人たちがあなたを自分のものにしようと押し寄せて来て、あなたを見るやあなたの虜になってしまう、そうなればあなたの今の美しさも優しさも失われてしまうに違いない。ああ、あなたは美しい。どうしてそんなに美しくなれたのか、僕に教えてくれませんか」

 「お月様は私のことを美しいとか穏やかで優しいとかおっしゃいますが、私はそんなことを考えたこともございません。ただ私はこれまで優しくて幸せな人に囲まれていつも楽しく暮らしてきました。あなたがおっしゃる美しさとか善良さは、きっとそういった方々と一緒にいたからこそ自然に身に備わったのだと思います」

 ツェ・ニオはお月様の質問にこう答えました。 お月様はツェ・ニオの話を聞いて恥じ入りました。なぜなら、自ら美しくなろうとしていたから。美しさは皆に育まれるものだということを知ったから。その日以来、お月様は毎晩その娘に会いに行きました。お月様は彼女の家の部屋の上に顔を出すと窓をコンコンとノックして、彼女の部屋に忍んで来ました。お月様は彼女と二人きりになって、彼女の美しさと優しさに触れるにしたがって、深く深く彼女を愛するようになりました。そうなればなるほどお月様は彼女から離れがたくなり、いつまでもずっと一緒に暮らしたいと思うようになってゆきました。 ある日、ツェ・ニオは母親にこう告げました。

 「お母さん、私、お月様にお嫁さんに行こうと思うの。お月様と一緒に月の世界に住みたいの。行ってもいいでしょう、お母さん。どうぞお許しください」

 ツェ・ニオのお母さんはツェ・ニオの言うことが子供っぽい他愛のないものだと思ったので聞いて聞かぬふりをしていました。ツェ・ニオは母親に相手にされなかったので、思い余って彼女の友人たちに自分は月の花嫁になって月に行くことを話しました。 数日後、彼女は突然姿を消してしまいました。ツェ・ニオのお母さんは四方八方手を尽くして彼女を捜し回りましたが、見つけることはおろか手懸かりさえつかむことはできませんでした。そんな中、ツェ・ニオのお友達の一人がツェ・ニオのお母さんにこう言いました。

 「彼女は月に行ってしまったわ。お月様から何度も何度も求婚されていたのよ」

 ツェ・ニオがいなくなってから数年の歳月が流れました。地球一優しくて美しい乙女は戻って来ることはありませんでした。人々は口々にこう言いました。

 「彼女はもう帰って来ることはあるまい。彼女は月と一緒になったのだからね」


 お月様のお顔は今ではとても美しいのはみなさんがご覧になる通りです。お月様は地球上をくまなく穏やかな優しい光で明るく照らして私たちを幸福にしてくださいます。今では月はツェ・ニオのように優しく美しいという人があります。だって月の世界にはかつて地球上で一番美しく優しい心を持った乙女だったツェ・ニオがお嫁入りして、今でもお月様と一緒に幸せに暮らしているのですから。


(CHINESE FABLES AND FOLK SORIES [1903 American Book Company 版]より)

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